以前、転んで打った乳歯が変色してきました。
転倒して歯を打った後に 乳歯の色が変わってきたことを主訴として来院するお子様は 少なくありません。また、わずかな傷害で引き起こされることも多く、思い当たるような大きな怪我をしていないのに、気づいたら乳歯の変色が起こっている場合も多くみられます。元気に走ったり遊んだりしていれば健康であるがゆえのトラブルです。
◆どんなもの?
外傷により歯が変色するのは、外力によって歯が大きく動き、歯の神経(歯髄:しずい)が傷つくことが原因です。ぶつけた直後の変色は、歯髄の内出血が原因でそれが透けてピンク色に見えることもあります。時間がたってから変色する場合は、歯の内部にある 「歯髄」の入り口である 歯根(しこん)の先端でダメージを受けて、血液が循環しなくなり歯髄はいわば死んでしまった状態になってしまったと考えられます。痛みがなくても、細菌の感染を起こすと、歯ぐきが腫れてきたりします。乳歯の下には生え変わるべき永久歯が控えています。ですから、この時期の事故においては、その乳歯と共に、その下に控えている 永久歯への影響をよく考えて対処しなければなりません。
転んで歯を強く打った直後は、「歯髄が生存するのか」「そのダメージで死んでしまうのか」の判断は 困難です。レントゲン診査では、「歯の根が折れていないか?」 や 「骨折をしていないか?」 などを判断することはできても、神経の生死を判定することはできません。また、電気刺激や熱刺激を与えて神経の生死を判断する検査方法もあるのですが、外傷を受けてすぐには、その後生き残る神経であっても、一時的に「仮死状態」になり、判断することができないと言われています。ですから、歯や骨には問題ない場合であっても、経過をみてゆく必要があります。
◆処置は?
乳歯の場合でも永久歯の場合でも神経が死んでしまったと判断されたら、まずするべきことは歯の内部の死んでしまった神経の残骸(歯髄)をきれいに掃除(根管治療:こんかんちりょう)をすることです。そのままにしておくと、根のなかの神経が腐敗して根の先に大きな膿の袋を持ってしまいます。根管治療をすることで、乳歯の生存率が高まります。その場合、通常は歯の裏側から削って穴をあけて、歯の内部を消毒しますので、正面から治療跡が見えることはありません。神経は死んでしまっていますから、治療は痛みをほとんど伴ないません。消毒して歯の先の化膿が治まったら神経のかわりになるものを詰めて、治療の穴に白い詰め物をします。
転倒してしばらくしてから痛みを訴えて来院。根管治療により改善しました。
◆注意は?
※ 乳歯の変色は、歯髄からの出血が歯の組織に浸透した結果おこるものなので、完全に元の色に戻すことはできません。乳歯が変色しても、生え変りの永久歯が変色することはありませんから、あまり気にしなくても大丈夫です。しかし外傷や化膿の程度によっては、永久歯の変色や変形、萌出異常などがみられることもあります。
※ 乳歯が外傷を受けた場合、本来の生え変わり時期よりも 早期に歯根が異常吸収して抜けてしまうことがあります。
受傷後変色、内部吸収を起こして生え変わり時期前に抜けてしまいました
また、生え変わりの永久歯の位置がズレて生えてきたり、逆に生え変わりの時期が遅れたりすることがあります。防ぐ方法はありませんので、将来、歯列矯正治療が必要になるかもしれません。もちろん、全く何の問題もなく永久歯が生えてくることのほうが多いので、あくまでも可能性として頭の片隅に置いておいていただき、永久歯の交換まで定期健診で観察をするのがよいでしょう。もしも、前歯の生え変わりの時に片方の前歯だけがなかなか生えてこないといった場合は、かかりつけの歯科医にご相談下さい。
転倒して神経を失いました。受傷した乳歯の生え変わり永久歯がズレてしまいました。
◆最近では
乳歯で色が変わった場合は、外傷により歯髄が損傷を受け、歯髄が死んでしまったため歯の変色が始まったと考えられます。しかし、最近では、「そのような場合でも、慎重に様子を見ていると数ヶ月ほどで色が消えることもある」ということが報告されています。
受傷後歯が変色してしまいました。経過観察していたところ歯の変色は改善しました
これは「子供時代の歯の場合、根の先でいちど切れた神経や血管に代わり、新しい血管や神経が歯の中にできるのではないか考えられます。また、最終的に多少黒ずんだままでも神経は生きている場合があります。しかし、変色したまま放置すると歯髄が感染を起こし、乳歯の根の下に膿がたまり、永久歯の形成や生え替わりに問題が起こるなど、より大きな問題をおこしてしまうこともあります。そのため、歯科医院で歯のレントゲン写真を定期的に撮影して、歯髄腔(神経の管)の状態を観察するなど注意深く経過観察が必要です。
経過観察する場合は定期的に医院で様子を見るだけでなく、お家でも毎日の仕上げ磨きの時などに慎重に観察しておいていただきたいと思います。根の先に相当する場所の歯茎が大きく腫れてきたり、押さえて痛みを感じる等の症状が出た場合(この場合は細菌に感染していると考えられます)は根の治療が必要になります。
いずれにしても、乳歯の下には生え変わるべき永久歯が控えています。ですから、この時期の歯の外傷においては、その乳歯と共に、その下に控えている永久歯への影響をよく考えて対処しなければなりません。トラブルの大小に関係なく、歯を打ったというような場合は、子供の将来を考えてかかりつけ歯科医に外傷した歯の状態の診断と今後の注意などをおききになっておかれた方がいいと思います。そして、もしも歯の変色に気が付いたら、かかりつけの歯医者さんになるべく早くご相談下さい。
【治療症例】 乳歯の変色
【 内部吸収 】
【 症例 4232 】 女児:乳中切歯の内部吸収で変色 生え変わり時期前に抜けた(観察)
【 歯髄狭窄 】
【 症例 4192 】 男児:乳歯の外傷・:乳中切歯の歯髄狭窄による変色(経過観察)
【 症例 5072 】 5歳男児:乳歯の外傷による変色 歯髄狭窄(経過観察)
【 歯髄炎・感染根管 】
【 症例 3886 】 女児:乳歯の外傷による変色(抜髄)
【 症例 2798 】 男児:乳歯の外傷による変色(感染根管治療)
【 症例 4103 】 男児:乳歯の外傷による変色(感染根管治療)
【 症例 4233 】 男児:乳歯の外傷による変色(生え変わりの永久歯がずれた)
※ 参考までに永久歯の変色の症例です。